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【ロシア史】 サイト管理者の専門の時代・地域に関するものが中心で,本ページの項目の中では一番バランスが悪いと思います。

<雑誌>『スラヴ研究』,『ロシア史研究』,『ソ連研究』→『ロシア研究』,『ソ連・東欧学会年報』→『ロシア・東欧学会年報』→『ロシア・東欧研究』,The Russian Review, Slavic Review, The Slavonic Review→The Slavonic and East European Review, Soviet Studies→Europe-Asia Studies, Slavic and East European Journal, Nationalities Papers, Acta Slavica Iaponica, Ab Imperio, Kritikaなどが有名です。

<入門用>

1. 和田春樹編『世界各国史22 ロシア史』山川出版社,2002年

 ロシア史を概説し,巻末にブックガイドをつけた入門的な概説書(にしてはかなりの分量ですが)。

2. 藤本和貴夫・松原広志『ロシア近現代史―ピョートル大帝から現代まで』ミネルヴァ書房,1999年

 近代以降に限定したミネルヴァのシリーズのロシア版です。文献案内は日本語中心で、1.の方が充実しています。

3. 横手慎二編『世界情勢ベーシックシリーズ CIS(旧ソ連地域)』自由国民社,1995年

 ロシア革命の少し前からの旧ソ連地域史および現在の情勢(といっても1995年までですが)を概説したものです。こちらは一般向けといういう位置づけがしっかりされており,読みやすいと思います。巻末に文献紹介があります。

4. 中村逸郎『ロシア市民―体制転換を生きる』岩波書店(岩波新書),1994年

 ソ連崩壊以降の市民の暮らしについて書かれた本で,確か学部1年の時に自分で初めて買った新書がこれだったと思います(当時はまだユダヤ史にはまったく興味を持っておらず,偶然単体でロシアに興味を持っていました)。ソ連崩壊後の様子(ロシア連邦に限られますが)が取っ付きやすく描かれています。

5. Geoffrey Hosking, Russia: People and Empire, Cambridge: Harvard UP, 1997.

 ロシア帝国の通史です。ただの通史のほかに、「貴族」「軍隊」「農民」「正教会」などのテーマ史の章もあり、興味に応じて面白く読めると思います。

 

<その先>

1. 塩川伸明『ソ連とは何だったか』勁草書房,1994年

 特に第1章は,ロシア史研究者でなくともお勧めです。ソ連の公式見解は嘘だった→だから崩壊した,という研究者ですら陥りやすい短絡的な発想から,ソ連の公式見解は嘘だった→にもかかわらず案外ましな面もあった→しかしそのましな面も機能しなくなった→だから崩壊した,という一歩先のより深い探索に踏み込む重要性を説いています。また,当時いかにソ連に関する歴史学者の見解がイデオロギーの表明と混同されていたかが,著者の具体的な経験からわかります(今でも少なからずそうですが)。

2. Andreas Kappeler, The Russian Empire: A Multiethnic History, Harlow: Pearson Education, 2001[1992]

 ロシア帝国の多民族状況に関する概説としては最初のものです。最初にドイツ語で出たもので,現在ではロシア帝国の民族に関する標準的なテキストという感じになっています。序章でカッペレル自身が述べているように,ソ連の公式史観=ロシア帝国は諸民族を抑圧していた(レーニン曰く「民族の牢獄」)のをソ連が解放しました史観によって,より緩やかに民族がせめぎあっていた帝政時代の状況に関する研究が遅れていました。ソ連が崩壊して新史料が出ることなども手伝って,従来のロシア帝国観は,今日の帝国論の隆盛も相まって,多民族帝国としての積極的な側面にも注目するものに変わってきています。

3. David G. Rowley, “Imperial versus National Discourse: the Case of Russia,” Nations and Nationalism, vol. 6, no. 1, 2000

 2.に始まる研究の流れで,国民国家のアナロジーで考えられることの多かったロシア・アイデンティティに関して,ロシア人がロシア帝国を担っていたという部分に注目して,ロシア・アイデンティティがより広い範囲を取り込むもの(必ずしもそれがいいというわけではないことは,小熊英二氏の研究などから示唆されているように、注意すべきことですが)になっていた,いわば帝国的なアイデンティティだったことを論じたものです。ただ、そうしたナショナリズムの不在を帝国崩壊の要因とする説明はやや飛躍があるようにも思います。いずれにしても、本論文は多くを英語二次文献に依拠していますが、逆に言えば、情報として、これまでのロシア史研究の成果を掻い摘んで、新たな全体像を描いたものとして読む分にはもってこいです。

4. 高尾千津子『ソ連農業集団化の原点-ソヴィエト体制とアメリカユダヤ人』彩流社、2006年.

 ユダヤ史の項目(12)でも取り上げましたが、本書はソ連史としても大変重要なのではないかと思います。本書により、ユダヤ史を超えたところでのソ連史の一側面を垣間見ることができるだけでなく、同時に、ロシア人中心史観では確実に抜け落ちてしまう重要な史実を描き出しているからです。本研究は、ロシア人中心史観に限らず、いかなる出来合いの物語でも決してたどり着くことのできないものでもあり、歴史学全体にも大きな示唆を与える研究である、とすら言っても過言ではないと思います(ユダヤ人が中心となっている「ユダヤ史学」でもなかなかたどり着くことのないものであり、その意味でこの対象にまとわりつくどの物語からも遠いところにある日本人ならではの研究だとも言えます)。著者がロシア語、英語、ヘブライ語、イディッシュ語、フランス語に堪能であること(おまけに、高水準のロシア史の研究蓄積のある日本語文献・研究者にアクセス可能なことも)も併せて、まさにこの著者でなければなしえなかった研究だと言えるでしょう。そんな研究に触れられることに興奮を覚える一冊です。文章も平易で読みやすいです。

5. Anna Geifman, Russia under the Last Tsar: Opposition and Subversion 1894-1917, Oxford: Blackwell, 1999.

 革命の前史として描かれがちなこの時期のロシア史における、革命の直接的な前史も含めて様々な側面に光を当てた論集です。様々な歴史の偶然や混乱で1917年という時期を迎えましたが、それまではおそらくなかなかそうした方向が必ずしも予測が付かない時代だったのではないかと思います。つまり、いろいろな可能性があり、それが議論されていた時代でもあったということです。

6. 貝澤哉,「複数性の帝国―二〇世紀初期のロシア思想における「複数性」の理論」『批評空間』Ⅱ―21,1999.

 ロシア・ソ連のユーラシア主義につながる統合原理に関する論考です。現在の多文化主義に重なる問題なのですが、同時代の西欧秩序への対抗が強くあった中で、ロシアにおける複数性を称揚すること自体が強力な統合原理となっているということが論じられています(つまり、単に多様性ということに好感を持って終わる議論に対する警鐘が基底にあります)。ロシア帝国やソ連の統合原理を考える上で大変示唆的なのですが、上記3の論文と比較してみると、3は、こうした複数性を採用したことがナショナリズムの発展を抑え、結果、帝国の崩壊につながったという論旨です。そうであるならば、複数性の称揚の裏に統合への志向があったのは確かであるにしても、実際にはあまり統合原理としては成功しなかったということなのかもしれません。あるいはごく単純に、西欧と比べて相対的には多様性が目に付きやすかったロシア周辺にあって、現実的には一元化を推し進めることは不可能で、複数性の称揚しかありえなかった、ということなのかもしれません。しかし、いずれにしても、複数性を理論化しようとしたこと自体、当該地域の歴史の展開に何らかの形で影響したことは確かでしょうし、現実と理論の相互作用が織り成す交響曲の一節を本論文が描き出しているということなのだと思います。

7. Theodor R. Weeks, Nation and State in Late Imperial Russia: Nationalism and Russification on the Western Frontier, 1863-1914, DeKaib: Northern Illinois University Press, 1996.

 ポーランド・ユダヤ関係史が専門の研究者による、ロシア帝国西部国境の民族関係・ナショナリズムに関する体系的な書です。意外とこの時期のロシア・ナショナリズムを体系的に扱う書籍は少ない中で、貴重な文献です。

8. С. М. Сергеев (ред.), Нация и империя в русской мысли начала ХХ века, Москва: Пренса, 2004.

 20 世紀初頭のロシア帝国におけるネーション(ナーツィア)と帝国の概念的側面についてのアンソロジーです。初めに編者による概論がありますが、7同様に、この時期のロシア・ナショナリズムを整理した論考が少ないのでこれも重要です。そのあと、ストルーヴェなどの、ロシア・ナショナリスト/帝国主義者の重要な諸論考が載せられています。

9. Bernice Glatzer Rosenthal, "Nietzsche in Russia: The Case of Merezhkovsky," Slavic Review, 33(3), 1974.

 ロシア象徴主義の先駆的な詩人・思想家のディミトリー・メレシュコフスキーとニーチェ思想との関わりに関する論考ですが、ロシアにおけるニーチェ消費を考える上でも興味深いです。伝統を壊し、身体や生といったものを称揚する思想として、彼はニーチェを消費し、それによって、人民を賞賛し、合わせようとするナロードニキと決別してエリート主義色を強めるのですが、完全な反キリスト教・反規範主義のニーチェと異なり、どうしても規範的なものや信仰といったものを捨てきれません。そしてやがて、キリスト教を全面に出すようになり、ニーチェ的なものとは距離をとるようになります。合理主義の乗り越えとして神秘主義や唯美主義がくるという、ロシア思想の19世紀から20世紀の転換期のある流れを象徴してもいます。彼が後年ヒトラーを支持したというのも、示唆深いものがあります。20世紀初頭には、ニーチェはロシアでもかなり知れ渡っていき、ある程度のファンも得たのですが、こうした宗教的な読み方というのが、ロシアのニーチェ消費の特徴の一つのような気がします。ちなみに、ロシア帝国系のシオニストもニーチェのファンは結構いましたが、一部の例外を除いて、これほどまでは神秘主義的な方向には行きませんでした。

10. 根村亮「ロシア第一革命と右翼」『ロシア史研究』78、2005年.

 20世紀初頭を扱うロシア思想研究は、多くが社会主義、次いで自由主義といった、いわゆる進歩派に関するものが多くを占め、右翼に関する研究はあまり多くありません。しかし、この時代のロシアを診断する上で、右翼の動向はいろいろと示唆深いものがあります。たとえば、右翼の主なターゲットが自由主義者であったことは、自由主義が社会主義に負けず頑張っていたことを物語っています。

11. 麻田雅文『中東鉄道経営史――ロシアと「満州」1896-1935』名古屋大学出版会、2012年.

「中東鉄道」という、中東ではなく満州にあった鉄道の経営史についての本です。ロシア史にとどまらず、中国史や日本史に跨る研究なのですが、「言いだしっぺ」がロシアなのでここに入れておきます。帝政ロシアの極東戦略と市場開拓の観点から建設が決まったものの、露中日を中心とした複雑な関係性の構図で翻弄され、鉄道が大事なのか政治が大事なのかよくわからなくなるさまが描かれています。実のところ、いったい何のための鉄道だったのか、という話は現在の日本でも掘っていけば結構出てきますし、鉄道ファンとしても楽しめます。表向き(?)はもちろん鉄道経営史を通しての極東国際関係史の再検証ということではあるのですが。いずれにしても過去の様々な側面をできるだけ明らかにするという歴史家魂に満ちた作品です。

12. 竹中浩『近代ロシアへの転換――大改革時代の自由主義思想』東京大学出版会、1999年.

 ロシア史における自由主義は、今日から見ると影が薄いですが、19世紀半ばの農奴解放に関する議論や、地方自治機関であるゼムストヴォ設置をめぐって議論が戦わされていました。しかし、いくつかの意味でロシア的制約がかかっていたのも事実で、本書は実際の法制度化の議論と思想としての自由主義が交錯する地点を詳細に描き出しています。ツァーリ支配体制を一気に解体することはできなかったので、可能な範囲でやる、という制約が当然あったのですが、思想的には、ロシアが後進国であるという認識からも議論は形作られていくことになります。議論の方向性は、割と素直にヨーロッパ的な自由主義を取り入れようとする者、ロシアの発展段階に応じて制度を設計しようとする者(以上二者は「西欧派」とされます)、そして、ロシア的な社会文化・共同体文化に応じて自由主義を適用しようとする者(スラヴ派)に分かれることになりました。それぞれ必ずしもあらゆる点で三つに分かれていたわけではなく、それぞれ錯綜していたことを明らかにする点も本書のスリリングな点です。

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