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『ロシア・シオニズムの想像力』訂正・補足  

拙著に含まれる誤りないし不十分な記述について、以下の通り、お詫びして訂正いたします。その他、お気づきの点がありましたら何なりとお寄せください。

 
2014/6/5
p. 33 マンハイムの用語である「全体的イデオロギー」の捉え方に誤りがありました。(福岡安則氏にご教示いただきました)
マンハイムのこの語は、英語では、total conception of ideologyであり、人(研究者)がどのように/どこまでイデオロギーを把握するのかという局面を問題にしています。一方、本書の該当部分は、研究者が観察対象とする人々がどのような世界観を持っているのかという局面を問題にし、その際に観察対象が持っている世界観を全体的イデオロギーと呼んでしまっています。マンハイムのこの用語の本来の意味からすると、例えば「客観的文脈が全体的イデオロギーを決める」という本書の記述は意味を成さないことになります。正しく書くとすれば、「全体的イデオロギーは、客観的文脈とイデオロギーの関係性を検証する視座である」などとしなければなりません(本書該当部分は、すでにそうした視座を持つことを宣言した後の具体的な手法に関する説明であるために、ここでこの用語を持ってくる意味はないことになりますが)。英語ないしドイツ語原書をしっかり読まなかったことも災いしてマンハイムの議論を精確に把握していなかったことがこの誤りの原因です。なお、該当箇所は、本書の視座とマンハイムの視座との異同を説明する箇所ですので、マンハイム理解が誤っていても、本書の議論自体は影響を受けません。とはいえ、他人の議論を引用する際に誤った引用をしてしまったことは、それ自体として問題ですのでお詫びし、深く反省する次第です。

2013/2/20

p. 14 「本書は、以上のような」の段落終盤の「ソヴィエト社会主義共和国連邦においてシオニズムは禁止された」について、以下のように訂正・補足。(高尾千津子氏に『史学雑誌』122(1)のご書評においてご指摘いただきました。)

○1920年代後半まで、「ヘハルーツ」(開拓者)左派やポアレイ・ツィオン左派は合法的に活動していた。すぐに禁止されたのは、拙著が扱う自由主義系の一派。

 

2013/2/20

p. 45 「まず、」の段落の終盤「次のニコライ1世(…)の治世にかけてロシア帝国は南下していき(…)、黒海北岸(ウクライナ)までを支配地域に収めた」は、以下の点で不適切。(高尾千津子氏に『史学雑誌』122(1)のご書評においてご指摘いただきました。)

○ロシア帝国が黒海北岸を支配したのは18世紀末のエカチェリーナ2世時代である。

 

2013/1/18

p. 48 「1897年に行われた帝国で最初の…」の段落の「『大ロシア人』(беликорусский)」のロシア語のスペルミス。

○ごく初歩的な単語で顔から火が出すぎて目の前のモニタが焼失しそうなほど恥ずかしいですが、бではなくв。великорусскийです。

学生に指摘されて初めて気づくという体たらくを猛省しております。日本語の「大」からбольшойを連想して違和感が減じられたことが一因と恥の輪島塗り的自己分析。

 

2013/1/17

p. 51 「マルク・ラエフが指摘する…」の段落の最後の文、「19世紀半ばあたりから…」は削除。

○当該文献に該当する記述なし。

誤読、もしくは推敲の過程で混乱が生じたことによると思われます。申し訳ありません。

 

2013/1/17

p. 296 「要するに、各民族には」から始まる段落のこの一文は以下の点で不適切。(西村木綿氏にご書評(『西洋史学』2013年No. 246、78頁)のなかでご指摘いただきました。)

○レンナーの議論には、各民族が本拠地となる領土が与えられ、国家的な自治が認められるとする記述はない。

正:レンナーはクライス(郡/県)を地方自治の基本単位に据えた。民族の居住がその境界設定に際して基準となり、大半が同一民族のクライスにおいては、その民族にクライスの自治が委託される形になるが、多民族クライスにおいては、クライスは民族的諸事情には関知しない。民族とは無関係に地域的な特性に従っていくつかのクライスをまとめてその代表が集まる合同ラント議会を形成。地域とは無関係に各民族がその代表からなる民族議会を形成。全国家的観点から代表が選ばれる中央議会も併設。諸個人は、この三つと等しく関係性を持つ。

→レンナーは、9割のクライスが民族クライスになるだろうと述べているので、実質的な効果から見た場合は、各民族が本拠地的なクライスを与えられると考えるのも必ずしも的外れではないのですが(レンナーにはあるいはそうほのめかすことで、ナショナリストからの反発を低減しようとした意図があったのかもしれません。あくまでも私個人の推測ですが)、レンナーは第一に領域性と民族性を切り離すことを目指していたため、少なくとも法的な記述としては誤りといわざるをえません。とくに「国家的な」というのは明確な誤りです。

 

2013/1/17

p. 299 「だがこのような」からの段落の最後にあるブンドのイディッシュ語正式名称(ヘブライ文字のもの)は、ポーランド時代のもので(これも顔から火レベル)、また、ソフトの関係で語順が崩れ、一部文字が重なっています。正しくはこのページでヘブライ文字がうまく表示できないかもしれないのでwikipediaをご覧ください。

 

2013/3/13

p. 428、註8「…「反革命日誌」と題されたこの雑誌…フランス国立図書館を含め、関連図書館等では二号以降の所蔵は確認できなかった」という記述は「三号以降」の誤り。

○モスクワのロシア国立図書館に第二号の所蔵あり。オンライン検索では出てこないが、カード目録にありました。奥のほうの部屋にあってコピーもできました。1926年にパスマニクが出版した本の端にこれら全二号の広告が載っているので、これがすべてだと思われます。

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