© 2018  Taro Tsurumi

【語学】

◆英語

<辞書>

1. アルク『英辞郎』(オンライン版:http://www.alc.co.jp/

 挙げるまでもない有名な辞書であり,非常に使えます。オンライン版は常時語彙が増えていますが,とにかくイディオム(と言うほどのものでもないなんとなく慣用的ななっている長めの表現なども含めて)や専門用語の収録が多くて助かります。また、例文が多く、検索ができるため、連語を含めて確認できるなど、英作文の時にも便利です。

2. 国広哲弥他編『プログレッシブ英和中辞典』(第4版)小学館、2002.

 電子辞書は学習英和辞典としては『ジーニアス英和辞典』がほぼ独占した観がありますが(この辞書も定評どおりいい辞書ですが)、こちらの辞書は特に類語解説が充実しており、英作文に重宝すると思います。語法解説もジーニアスに見劣りせず、語源解説も抜かりありません。見出し語数も11万7千で大抵はカバーします。なお、同じ編者による本辞書の兄貴分が『ランダムハウス英和大辞典』です。『ランダムハウス』の電子版に第3版が付いてるほか、第3版がOfficeなどに付いてくるMicrosoftBookshelfのVer. 2.0が採用していますが、なんと、Yahoo!Japanの辞書検索で本辞書第4版が採用されています。

3. 井上永幸・赤野一郎編『ウィズダム英和辞典』(第2版)三省堂、2006.

 こちらは、英語用法のデータベースであるコーパスを活用した辞書で、重要語については語の用法などについての客観的な使用頻度がついており、自然な英語を書く上で参考になると思います。制限用法における関係代名詞thatとwhichの違いについて、この辞書が最も詳しく的確な解説をしていると思いました。見出し語数約9 万語。これは紙版を買うと、三省堂のサイトで電子版が使えます。

4. 小島義郎他編『ルミナス和英辞典』(第2版)研究社、2005年.

 和英も電子辞書市場で『ジーニアス』が独占状態にあるようですが、ジャンプ機能で単語の引きなおしが容易になった電子辞書では、ジーニアスの売りは半減し、むしろ、英和辞典を貼り付けたような機械的な印象と説明のシンプルさが目立ってしまっています。本辞書は、コロケーションと類義語の説明が豊富で、実践的です。また、他の和英辞典と比べて、出てくる語彙が若干豊かで、上級語の語彙も多いです。見出し語数約10万。残念ながら電子版はありません。なお、上記1は慣用表現が豊富なだけでなく、例文に入った単語も検索に引っかかるので英作文に使えます。

5. 市川繁治郎他編『新編 英和活用大辞典』研究社、1995.

 コロケーション辞典です。日本語(翻訳除く)で唯一のコロケーション専門辞典であるのみならず、例文の中で示されている点で、洋書も含めて最も詳細なコロケーション辞典でもあります。CD-ROM版や、電子辞書版など電子版も多いです。

6. The American Heritage Dictionary of the English Language, 4th edn., Houghton Miffin, 2006.

 英英辞典では、Longman, Oxford, Cobuildなどが有名ですが、本辞書は説明が詳細なのと、類義語の例文を交えた解説が豊富です。2で言及したBookshelfに入っていますが、単体でのCD-ROM版もあるようです。

7. 研究社辞書編集部編『英語類義語使い分け辞典』研究社、2006.

 『新英和大辞典』(第6版)にある類義語の囲み記事をまとめたものです。

8. 河本健編『ライフサイエンス英語類語使い分け辞典』羊土社、2006

 論文に使う表現について、コーパスに基づいた使用頻度を提示した上での類義語の解説が付されています。理系用ですが、論文用語なので、大抵は文系でも使うような表現です。

9. The Merriam-Webster Dictionary of Synonyms and Antonyms, Springfield: Merriam-Webster, 1992.

 ロジェやオクスフォードなどの有名な類語辞典は単に大雑把な意味別に類語が網羅されているだけで、上記二つの辞典のように意味の違いの説明はありませんが、本書は語数はさすがにロジェ等には遠く及ばないものの(それでも、7.よりも多く、ある程度の頻度以上使う語については大体カバーしているように思いいます)、そうした説明がされている類語・対義語辞典です。一番小さいJR時刻表サイズのコンパクトなペーパーバックで英作文に重宝します。本格的なものとしては、6.のシリーズに類語だけを取り出した大類語辞典があります。

<発音>

1. 竹林滋他『初級英語音声学』大修館書店,1991年.

 正しい発音を身に付けるためには,単に耳を慣らすだけでは不十分で,発音に関する正確な知識が必要です。しかし,それさえあれば,別にわざわざ英語圏に留学しなくても(と言うか,先述のように,耳を慣らすだけでは不十分なので,英語圏で生活しても口の動きに注意しなければカタカナ英語は抜けません),後は練習次第でネイティブに近い発音は十分に身につけられます(現在日本には大量にCD付き英語参考書が出回っています。日本人と英米人と口の基本的な構造は同じで,現にアジア系アメリカ人も基本的にヨーロッパ系アメリカ人と同じ発音をします)。なお,本書はアメリカ英語です。日本の英語教育,参考書は基本的にはアメリカ英語ですが,語学書の付属CDの発音は,日本人に聞き取りやすい,あまりアメリカ英語っぽくないアメリカ英語が多い(かといってイギリス英語とは違います)ので,一般的なアメリカ英語を聞きたければABCやCNN(ただしCNN Internationalではイギリス英語に近い英語を話すアナウンサーもいます)などを教材にするといいでしょう。両方ともそれぞれのウェブサイトで無料でVideoが見れます。

<単語>

1. 風早寛『速読英単語(1)必修編』増補第3版,Z会出版,2000年,同『同(2)上級編』改訂第3版,Z会出版,2003年

 別売りのCDを使って何度も繰り返せば,語彙力だけでなく,読解力とリスニング力が付き,全般的に英語に慣れることができ,出力(書く,話す)にも効果が出ます。同じコンセプトに基づいた,さらに上級用のものとして,Z会出版編集部編『上級者へのTOEIC Test英単語―差がつく1,000語で900点突破!』Z会出版,2006年あるいは、こちらも売れているシリーズですが、松本茂監修『速読速聴・英単語Advanced 1000』Z会、2000年があります。前者は、英米加豪の発音の人がCDを吹き込んでいて、4つの方言になじむことができます。後者は、付属CDとしては速い部類(ニュースぐらいの速さですが)の標準的なアメリカ英語です。

<文法>

1. 江川泰一郎『英文法解説』(改定三版)金子書房、1991年.

 文法書はたくさんあり、どれも悪くありませんが、これは網羅性と要領のよさを兼ね備え、かつ、微妙なニュアンスの違いなどを明確に説明した「解説」が多く付されている点でお勧めです。

2. ランガーメール編集部『THEがよくわかる本―ザ・ラーメンからDefender of the Faith(英国君主)まで』ランガーメール,1996年

 日本語話者にとって冠詞はなかなか理解しにくく,特に英作文のときに迷うものですが,本書は79ページという短い長さの中で冠詞の中枢を提示しており,細かなルールについては別の本にあたる必要があるにしても,一歩前進すると思います。主人公のイギリス在住「金丸(かなまる)さん」の視点で書かれています。続編『aとtheの物語』もあります。

3. 大西 泰斗+ポール・マクベイ『ネイティブスピーカーの英文法〈2〉 ネイティブスピーカーの前置詞』研究社出版,1996年

 各前置詞の基本的イメージを理解する本。どうしても「~に」「~と」のように日本語での理解で実用に持っていくには限界がありますが,本書で基本的イメージを理解すれば,細かい用法も覚えやくすくなります。

<英文解釈>

1. 伊藤和夫『英文解釈教室』改訂版,研究社出版,1997年.

 近年受験界でおろそかになっている,英文一文一文を論理的に精確に読み取るという能力が付きます。この基本的能力なしに速読も何もあったものではありません(平易な文章はなんとか読めても,多少難しくなると平気で誤読してしまいます)。しかも,英米人と同じように頭から文を解釈していく上での,頭の中の回路が書かれており,本当の英語力が付きます(その意味で,速読への重要な第一歩を手にすることができます)。精確に読む上で文法知識がいかに重要かも理解できます。同時に,非常に論理的な説明をしているので,論理的思考力も養え,難解であるとか,硬いといった本書の長所を理解しない批判も多い中(もちろん本書を絶賛する声もいまだに根強いですが),現在ある英語参考書の中で最も費用対効果の高い本です。英文解釈については,この本をマスターすれば,どんな英語でも大体精確に読めるようになると思います。

<作文>

1. デイヴィッド・セイン『英語ライティングルールブック』DHC,2004年.

 この手の本はいくつかありますが、さしあたり、これが作文上のルールを要領よくまとめていると思います。

2. 崎村耕二『英語論文によく使う表現』創元社、1991年.

 論文で使うつなぎ言葉など、参考になります。ただ、日本語の論文でもそうですが、つなぎ言葉に頼りすぎるとかえってわかりにくい構成になりかねないので注意が必要です。

3. 富岡龍明『英語らしい英文を書くためのスタイルブック』研究社、2006.

 自分の書いている英語のトーンがネイティヴにどのように感じられるのかという問題は、なかなか答えを見つけるのに苦労する問題です。本書はそのような疑問に対して、文体によるニュアンスの相違(硬さや柔らかさ)といったことなどを例示しています。

<スピーキング>

1. 川端淳司『TOEFL TEST対策iBTスピーキング』テイエス企画、2006年.

 数年前からTOEFLの試験はインターネットベースのiBTに替わり、最大の変更点としてスピーキングが加わりましたが、その対策用の教材です。しかし、TOEFL用でなくとも、リスニング+スピーキングの練習にはもってこいだと思います。スピーキングはアウトプットという点では作文と同じ要領が脳の中で働くのだと思うので、作文を鍛えればスピーキングも向上するというのがタワシの見解です。作文の方が自分が作る文章の欠点を見つけやすく、精確な文章を作成する練習になるはずです。なお、スピーキング練習時は、ウィンドウズに付録しているアクセサリにある録音機能を使うのが便利です(レコーダなどを持っていない場合)。なお、本教材は本番より多少難しいように思いました。

<その他>

1. 白井恭弘『外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か』岩波書店(岩波新書)、2008年.

 第二言語としての外国語の習得に関して研究者の点でどこまで合意があるのかについて概説されています。割と基本的なことでも研究者の間で見解が割れているものが多いという印象です。とりあえず、外国語習得にはアウトプット練習よりもまず大量のインプットが重要であるようです。語学界における一種のポピュリズムだと思いますが、そこでやたらと文法教育が目の敵にされることが少なくない昨今ですが、やはり言語のルールである文法学習が重要で、何とかの一つ覚えのように会話会話と言ってもあまりちゃんとした言語が使えるようにはならないことはいうまでもありません。

2. 中澤幸夫『テーマ別英単語Academic[上級]01人文・社会科学編』Z会、2009年.

 アカデミックな英語についてのCD付の読本は、これまで市販ではほとんどありませんでした。東大の教科書が市販化されたUniverse of Englishシリーズ(多くは学術論文と一般向け評論の中間ぐらいの文体ですが)はその先駆けですが、本書はより親切(日本語訳・単語・表現まとめ、CD同胞など)で手軽なものです。

 

◆ロシア語

1. 阿部昇吉『今すぐ話せるロシア語単語集』(第4版)ナガセ(東進ブックス),2005年

 基本1600語の大半に簡単な例文が付いており,付属の2枚のCD(1500円の語学書に2枚CDが付くとはなかなか太っ腹です)が単語→例文の順で読み上げており,効率的に単語の学習ができます。上記の『速読英単語』式に文章の中で覚えるのが一番なのか否かについては自分自身答えがまだ出ていないのですが,最低限例文は必要だと思います(単語は文脈の中で意味が決まる云々という話ではなく,単純に脳にいかに印象付けるかという問題です)。類書の硬派な佐藤純一・木島道夫共編『例文で覚えるロシア語重要単語2200』白水社1983年も同じコンセプトに基づいているのですが,こちらは単語の細かい意味の違いごとに例文を載せているので,1つの単語に付き平均2,3文の例文になり,分量が多くなってしまい,効率の点からはやや難が残ります(実際,別売りテープの合計収録時間は5時間半で,単語数がこちらの方が多いということもあって前者の3倍近くになります)。『今すぐ…』の方は題名からも想像できるように日常生活を意識した構成になっていますが,テーマごとに単語が収録されているため,例えば歴史研究にロシア語が必要だという人は,「ソファー」や「フォーク」などの日常生活のみに出てくる単語の項目は簡単に飛ばすことができます。

2. 東一夫・東多喜子『標準ロシア語入門』(改訂版)白水社,2003年

 まず特筆すべきは,この手の地味な語学書にしては珍しくCDが2枚も付いているということです。ロシア語は音声教材が乏しい中,初級者としては大変助かるものです(中級以降のための音声教材は少ないですが、以下7で触れるNHKラジオ講座2011年度前期応用編はニュースが素材です。そのほかNHKのロシア語ニュースのスクリプトを用いる,あるいはさらに上級者はМаякというスクリプト付きのロシア語のニュースサイトを利用するぐらいしかありません。東大出版会のCD付き教科書The Universe of English,Prismenのようなもののロシア語版の登場が望まれます)。基礎文法はこれ一冊でマスターできるようになっていて,ポイントの入った会話向けの例文が各課の最初に挙げられており,この中の例文を暗記すればロシア語会話にもかなり役に立つでしょう。基本660語を繰り返し登場させる工夫もなされており,なるべく自然に覚えられるように配慮されています。

3. 城田俊『現代ロシア語文法』東洋書店,1993年

 今でも新品で手に入るロシア語文法書の中では最も詳細な文法書です。練習問題なども付いていて,もちろん初級者が使えるようにもなっています。ロシア語の音声が専門の1つである著者だけあって,最初にかなり紙幅を割いて詳しく発音の解説もしています。配置も「例文」「基本事項」「説明」「類例」「参考」「注意」など細かく分類されており,読者の側が欲している情報が読み取りやすくなっています。

4. 城田俊『現代ロシア語文法 中上級編』東洋書店,2003年

 3.の応用編です。基本的な文法は3.で十分ですが,本書はよりちょっとした表現の違いによる意味の相違や特殊な用法など,よりロシア語の精度を上げるための文法事項が書かれています。第2部は「表現法」としてロシア語作文のためのコツが書かれています。構成や配置は3.と同じで,練習問題も付いています。

5. 西野常夫・渡辺克義『ロシア語中級読本』東洋書店,2002年

 「初級」編もありますが,この2つが日本語で唯一の露文解釈のための参考書(問題集)です。まえがきにも書いてあるように,ドイツ語のところで取り上げる『独文解釈の秘訣』を意識したものですが,それと比べるとだいぶ簡潔なものとなっています。一通りロシア語をやった者には最低限必要な解説は付してあると言えますが,『独文…』のように,類例などともにポイントを改めてまとめてくれるなどがあればなおよかったと思います。約100ページほどしかなく,分量が少ないもの残念です(中級レベルは本書しかないので)。

6. 東郷正延他編『研究社露和辞典』研究社、1988年

 初学者から専門家まで使える、ジーニアス大辞典のロシア語版のような辞書です。これのおかげで日本のロシア研究者はずいぶんと得をしているのではないかと思います。英露辞典では、どんなに大きいものでも、ここまできめ細やかな意味をとることは難しいと思います。何語に関しても日本の辞書は群を抜いて詳しいのですが、翻訳文化が発達したからでしょうか。早く電子版が出ないかなぁと思っています。ちなみに、電子版ではカシオから三省堂コンサイス露和・和露辞典、オクスフォード英露辞典の電子辞書が出ていて、語彙数的にはそこそこよいです。解説・イディオムの量はこれにかないませんが。

7. NHK・鈴木義一「応用編」『まいにちロシア語』2011年4~9月.

 2011 年度前期のNHKラジオ講座・ロシア語応用編です。ニュースを素材にしたロシア語教材はありましたが、CD付というのはこれが日本で初めてだと思います。これまでのラジオ講座の応用編は、目にしたことのあるここ10年ぐらいの間では、ほとんどが文学を素材としており、社会科学系研究者にとってはやや敷居が高い(というか、単に研究のためのロシア語習得を目指すにはやや効率が悪い)ものでした。これをやったうえで、さらに文学にも挑戦していけばよいのかなと思います。 

 

◆ヘブライ語

1. キリスト教聖書塾編集部『ヘブライ語入門』(第2版)キリスト教聖書塾,1988年

 「入門」となっていますが,厚さ(全497頁)からも分かるように,ヘブライ語の文法に関しては概ね網羅しています。説明も分かりやすく,章立てもしっかりしているため,後から辞書的に参照することも容易です。後ろの100頁ほどを聖書ヘブライ語に割いており,主に聖書(ユダヤ教のタナハ,キリスト教で言う旧約聖書)を読むためにヘブライ語を勉強する人にも使えます。本書をマスターすれば,新聞程度であれば文法的には特に問題ないと思います。ただ,別売りのカセット(確か 60分×2)は高い(いくらか忘れましたが)割には,後ろの方に行くにつれ本文の多くを飛ばしており,微妙なところです。

2. שלומית חייט, שרה ישרשלי, הילה קובלינור, עברית מן ההתחלה, חלק א', אקדמון, 2000, 同חלק ב', 2001

 イスラエルのヘブライ語集中講座(「ウルパン」と言います)用の教科書ですが,それぞれ5枚ずつCDが別売りであり,ヘブライ語でヘブライ語を教授するというウルパンのヘブライ語主義の割には多少英語での説明もされており,また余裕ある紙幅で展開されているため独習も可能です。各章の新出単語リストや巻末の辞書も助かります。ただ,חלק א'の方のCDは,ヘブライ語の勉強のためにいくつかヘブライ語の歌が各章必ず1つか2つ短いものが収録されているのですが,本文を読み上げるのと同じ人が伴奏なしに歌っているのは勘弁してほしいです(音痴ではないのですが,コスト削減しすぎです)。なお,文法的にはこの2冊が,概ね1.に相当します(大抵は1の方が少しずつ詳しいです)。

3. Babylon(電子辞書)

 Babylonのサイトからダウンロードするパソコン版と端末版(ネット経由で購入できそうです)があります。Babylonの端末に相当するソフトをダウンロード(有料:1万円弱)すれば,ヘブライ語を含む主要言語の辞書が無料でダウンロードできます(『ジーニアス英和大辞典』など有料のものもあります)。 Babylonの辞書が便利なのは,ヘブライ語は語根で引かなければならないのですが(引きたい単語を知らないから引いているのに原型を知らなければならないというのは酷です。。。もっとも,多くの場合は,ある程度文法を知っていれば原型は予測できるので,辞書を引くのも勉強と言えばそうなのですが,動詞か名詞かも分からない場合もあるので,何通りか予測して何度も引かないとならないので大変です。特に紙の辞書の場合),変化形を入力しても,いくつか候補を挙げてくれて,その中にほぼ必ず探している単語の原型が掲載されていることです。

4. 山田恵子『CDエクスプレス 現代ヘブライ語』白水社,2005年

 ようやくエクスプレスシリーズにヘブライ語が出ました。数々の日本でのマイナー言語を扱うエクスプレスシリーズですが,いかにヘブライ語の需要(供給も?)が少ないかということです。しかし,本書は緩い感じのエクスプレスシリーズとしては異例なほどにみっちりと詰まっており(一目で分かりますが,行間が狭めで余白があまりありません),著者の学習者に対する熱意が伝わってきます。文法が比較的簡単なヘブライ語でこれなので,他のエクスプレスシリーズと比べれば,習得度はかなり高くなると思います。実際,文法に関しては上記2+αぐらい(ウルパンのレベルではギメルぐらい)の情報量はあります。付属のCDがカバーする範囲も広く,全ての文にアルファベットで発音記号(完全なものではありませんが)が付されており,独習しやすくなっています。ただ,動詞の活用表が,普通(1.,2.となど)異なり3人称・2人称・1人称の順番となっている(逆である)のは,他書を併読する,ないしは他書にステップアップする場合に不便な点は残念です。が,説明は詳しくかつ簡潔で,全体としては完成度の高い本と言えます。

 

◆ドイツ語

1. 江口陽子他『今すぐ覚える音読ドイツ語』ナガセ(東進ブックス),2003年

 『速読英単語』に似たコンセプトに基づいた単語集です(レベル的には『速読英単語入門編』かそれ以下です)。『速単』同様に左ページに短い文章(5~10行程度),右側に日本語訳,次のページに単語一覧がついており,文章には文法などに関する簡単な解説もつけられており,初学者(一通り文法を勉強した者)にも無理なく単語を中心とした勉強ができます。付属の2枚のCDは文章と単語を読み上げています(単語に関しては最初に日本語訳も読み上げているので,本を見ながら勉強するときはうっとうしいのですが,例えば歩きながらとか,車の中で聞き流して勉強することもできます)。ただし,amazon.co.jpのカスタマーレヴューによると,4人の吹き込み者の中の1人(女性)は方言だそうです。また,本書に書かれているようにみな東海大学の留学生であり,つまりは,音読に関しては全くの素人なので,初学者には聞き取りにくいように思います。ただ,1700円という価格を考えればこの辺でコスト削減しなければならなかったということでしょうか。見出し語が1000語と初学者用にもやや少ないところも残念ですが,読解力なども同時に付くと考えれば,総合的には良書と言えそうです。

2. ヴォルフガング・シュレヒト+恭子シュレヒト『独検3・4級突破単語集』三修社,2005年

 次の段階の単語集としては(はじめからこれでもいいのですが),約1750語収録している本書があります。例文+それを読み上げるCD3枚付きです。以上の2書以外に少なくとも例文が付き,かつCDが付いた単語集はほとんどありません(同じくドイツ語検定対策用に本書と同程度の収録語数のものがありますが,CDは別売りで割高になります)。品詞別にアルファベット順に並んでいますが,4級用と3級用に分かれているので,とりあえず4級用をマスターしてから3級用に行く,という方法が取れます。

 

◆日本語

<文章指南書>

1. 池上彰『わかりやすく〈伝える〉技術』講談社現代新書、2009年.

 これまでの自分の文章を読み返すと、一文にヤマが2つ以上あるような複雑な文、リズムの悪い文、論理の進展に緩急がありすぎる段落など、反省すべき点は少なくありません。本を書くにあたって、自分の日本語を磨くことを考えるようになりました。といって、何か優雅な、語彙力豊かな文章を目指すのではなく、とにかくわかりやすい、すんなりと入ってきやすい文章を書くことを目指すことにしています。1冊目は、ご存じ、池上彰です。多少理屈っぽいところもなくはないですが、第8章「日本語力を磨く」など、参考になると思います。とにかく難しいことをやっている研究者は、少しでもわかりやすく書くことを心掛ける必要があります。その時に重要なのは、余計な飾りは付けない、つまり無駄な語句は削るということです。代わりに重要なのは、文章の流れに注意するということです。ワタクシの言葉で説明すると、英語を例にとってみた場合、英語の文は「てにをは」がないにもかかわらず、意味がすんなり通じます。それは、英語が語順、つまりは流れを規則化しており、その語順に則っている限り読み手は自動的に「てにをは」を頭の中に再現できるからです。同じ要領で、複数の文を並べるに際しても、「そして」「こうした」「ところで」といった語句がなくても、そうとしか解釈しようのない文の順番というのが、日本語でも何語でもあるはずなのです。よく長い文はよくないといわれますが、流れさえスムーズであれば、少々長くても割とすっきりと読めてしまうものなのかもしれません(とはいえ、長くても理解できる文を書くのはかなり上級ですので、自信がなければなるべく短くするべきではあります)。

 ともかく、学問の世界での格好いい文章というのは、一文一文が美的なのではなく、それらで表現される内容や論理展開が格好いいということなのであって、しょぼい内容は、どんなに飾り付けをしても、厚化粧が見苦しいのと同様に、余計にダサく見えてしまうということなのだと思います。内容が重厚で切れ味よければ、文章が邪魔をしないほどそれが生き生きと伝わるということでしょうか。

2. 山口翼『志賀直哉はなぜ名文か―あじわいたい美しい日本語』祥伝社新書、2006.

 昔の小説家がよく手本にしたといわれるように、志賀直哉は名文家とされています。本書は、具体的に一文一文のどこが名文の要素となっているのかを解説していったもので、意外とこの手の本はあまりありません。そうした分析からわかるのも、流れさえよければ、日本語は少々省略があっても違和感はなく、むしろ締まった文章になるということです。同様の本としては、50の作家の文章を分析して示した馬場啓一『名文を読みかえす―夏目漱石からプロジェクトXまで』いそっぷ社、2011年があります。もっとも、2つとも、学術論文に使える部分はかなり限定的です。ただ、文章を書くにあたってアタマを柔らかくするためには参考になるかもしれません。

3. 本多勝一『日本語の作文技術』朝日文庫、1982.

 ノンフィクション~評論文のための作文指南書の中では、一番有名なものかもしれません。特に前半は、わかっていても実際にはよく違反してしまいがちな規則が多く書かれています。修飾の順序について「親和度(なじみ)の強弱による配置転換」という規則は、なるほどなと思いました。つまり、文中で意味的には切れていても、連想されやすい語句同士は隣り合っているとつなげて読まれやすいというものです。そのほか、長い修飾語は前、短いものは後、という規則も、これまで違反することが多かったと反省する重要規則です。外国研究をしているとどうしても外国語の影響を受け、翻訳調の日本語に近づいてしまう気がしますが、日本語の特性を生かしてこそ、わかりやすく書くことができるのだと思う今日この頃です。日本語は主語を述語の直前にまで持ってくることも簡単にできますし、主語を長くしてもわかる文が書けるという特性を持っています。

4. 三浦順治『英語流の説得力をもつ日本語文章の書き方』創拓社、2009.

 英語圏かぶれがやや目立ちますが、日本語と英語の特徴を簡潔に示すことで、文章を書くときに何を意識すべきかを明確にしている本です。基本的に英語式に書くことを指南しています。これは習慣の問題もあるのでなかなか難しいところではありますが、少なくとも研究者は英語式にある程度慣れてはおり、現在日本で主流の学問自体が大いにその影響下にあるので、英語式にしてもさしあたって間違いはなさそうです(完全に一般向けの文章を書く際にどうするか悩むところですが)。当然、本書は英語で文章を書く際にも参考になります。

*  *  *

 ちなみに、自分自身が気を付けようと最近決意を新たにしたのは、以下の点です。

(1)逆接ではない「が」を使わない。これは文章指南書でよく注意される、口語の影響と思われる一種の癖です。例えば「ヴェーバーは資本主義の精神について論じたが、それをプロテスタンティズムの禁欲に求めた」という文は、「論じた。しかし、それを…」という意味ではありません。しかし、最後まで読まないと逆接なのか順接なのかの判断がつかないので、読解の流れを滞らせます。タワシもよくやる癖なのですが(←これはほぼ逆接です)、込み入った議論であればあるほど、やめたほうがよいです。上記の例では「たが」を削除して何ら問題ありません。多くの場合、削除して「。」でいったん切っても実は流れとして問題ありません。もう1つの処理方法は、「が」の前後で主語が同じであれば、前半をその主語を修飾する形で処理するというものです。よく中高で、英語は長い主語を嫌うと教わります。逆に言えば、日本語は主語が長くてもOKだということです。上記の例では「資本主義の精神について論じたヴェーバーは、それをプロテスタンティズムの禁欲に求めた」とすればすっきりします。順接ではないけれども逆接というほどのことでもないという微妙な場合は、「であるものの」とか「である一方で」などと処理すればよいと思います。

(2)「ところで」「さて」を使わない。読者はこの言葉によっていったん流れを完全に見失います。全体の構成が優れた論文であれば、すぐにその迷子から抜け出られるのではありますが、ないに越したことはありません。なぜその脱線が必要であるか説明的に書くのが親切かなと思います。

(3)「において」「における」を多用しない。「おいて」は様々な連語を代用し、かつ論文に適した便利な詞なのですが、多すぎるとモタモタした感じの文章になりますし、一つの文の中に2つ以上あるのは美しくありません。極力一段落に1つあるかないかぐらいにした方が字数も減り、またより狭義の代替語にすることで文意もはっきりします。

(4)「こうした」「このような」を多用しない。文章を書いていると、文と文のつながりを強くしたいと思うあまり、ついこの手の指示語を使ってしまいたくなるものです。しかし、何を指しているのか読者には不明な場合が多いばかりか、書いている本人にとっても曖昧である場合、にもかかわらず一見文章が流れているように見えるので、細かい論理的欠陥に自分自身で気づきにくくなるような気がします。文章の論理が流れていれば(=文の配置が最適であれば)、つなぎ言葉がほとんどなくてもわかる文章になるはずです。 

(5)一文を、逆に読みにくくならない程度まで極力短くする。これは文章指南書でよく指摘されることです。なぜ文を長くしてしまいがちなのでしょうか。その裏にある心理はおそらく、文を切ってしまうと文章の流れが止まってしまい、文と文のつながりが分かりづらくなるのではないかという懸念があるのだと思います。しかし、実のところ、流れの良い文章は、つなぎ言葉なしにブチブチ切っても、むしろリズムよくすんなり入ってくるようです。日本語は主語の省略が可能で、細切れにしても字数はさほど増えずに済みます。もともと文章の流れが悪い場合は、文を切ると、その悪さが如実に表れます。文を短くすることは、推敲をしやすくするうえでもポイントとりそうです。ただし、上記4でも書かれているように、切りすぎるとかえって読みにくくなることがあります。そのあたりは、いったん切ってから推敲時に再統合するということでよいのかなと思います。

(6)あまり意味のない語を削る。口語と文語の大きな違いは、前者は多くの余計な言葉で満たされているということです。平易に文章を書こうとするとき、語りかけるように書くことを意識したりするものです。しかしその時に注意しなければならないのが、口語に引きずられて、事実上「ええと」というのと変わらない無意味な言葉を入れてしまうことです。例えば、「ある種の」とか、「といったような」とか、「など」とかです。

 

<学術的文章のお手本になる文章>

 巷の文章指南書だけでは、リズムや空気感、構成といったものはなかなかわかりません。そこで、学術的文章の参考になりそうな文章を挙げてみたいと思います。名文を扱った本などでは、文章のお手本として作家によるものが挙げられることが多いのですが、日本語の語感を習得するにはそれなりの参考にはなるものの、社会科学者が論文に使える表現や構成、リズムというのはあまりありません。学者には、ノンフィクションや売れっ子学者の文章が参考になるように思います。もちろん、特にノンフィクションやエッセーのノリの文章は、そのまま真似すると学術論文としては物言いがつく(厳密性という点で)場合はあるので、あくまでも参考程度ではあります。以下、多分にワタクシの好みと思いつきでいくつか挙げてみたいと思います。この人の文章もいいのではないか、というのがあればぜひご教示ください。

 選考のポイントは、1)わかりやすいこと。これは絶対条件です。しかし、次の条件を満たすという重要な留保があります。2)等身大で対象を描写していること。これは勝手に対象を色づけしてはならない学術的文章にとって必須の条件でもあります。変に重苦しくしたり、逆に軽々しかったり、いやに恰好をつけていたりというのはダメです。余計な形容詞や、根拠のない評価・価値判断を勝手に混ぜないというのも当然重要です。明確なことを明確に言うのは非常に簡単で、文章としても一見明晰になるのですが、そこそこ誠実な学者であれば必ずぶち当たるのが、対象を等身大で見ようとすればするほど、明快に切れない部分が出てくるという問題です。対象が割り切れないものであること、そしてどのように・なぜ割り切れないのかが伝わるように書く必要があります。とはいっても、ダラダラと様々な顔を提示するというのではありません。現実世界は本来多様で複雑ですから、その多様な側面をいろいろと書くこと自体は容易なことです。しかしそれでは議論が散らかり、何を明らかにしたのかが逆にわからなくなります。特に押さえておくべきポイントをわかりやすく論じる文章こそが、明快な学術文章の真骨頂なのだと思います。それが学術が「術」たるゆえんです。要するに、わかりやすさを追求して対象を切りすぎて血だらけにしてはダメで、最低限踏まえなければならない複雑さが何であるかを印象づける文章でなければなりません。そのためには次の3つの条件が必要です。3)文と論理の流れがよいこと。学術的文章にとっては、言葉一つひとつのリズムより、むしろこうしたリズムが重要かなと思います。4)無駄がなく引き締まっていること。最短経路で(しかし決して論証過程を端折ることなく〉段落をまとめ、結論までたどり着く、スピード感のある文章が理想です。5)具体的な論理展開とは別に、通底するテーマが常に見え隠れしていること。要するに、何について論じているのかを読者が見失うことのない、一貫したトーンのようなものがあると、読者としては、複雑な対象も、いわば定点観測ができることになり、距離感を失わずに済みます。これは、終始同じ内容を繰り返すこととは違います。同じことを、たとえ言い方を変えたとしても繰り返すだけでは、結論初めにありきの議論という印象が強くなります。とはいえ、何もかもまっさらにして議論することもできないので、ある程度背景というのは決めておく必要があり、その背景をしっかり見せることが必要だ、というわけです。

 そのほか、当然ながら、各主張には必ず理由や根拠を付し、勝手な感想を混入させないというのも学術的文章の基本で、それを欠くと一方的で独善的な文章となり、立場にかかわらず読者に不快な印象を与えるはずです。学術的文章というのは要は「計算式」ですから、それは著者の意図を超えた「論理の戯れ」なわけで、そこに勝手に「著者の戯れ」を混入させてはならないということです。さもなければ、まるで、「私は1+1は3だと思う。1×2も3に違いない。よって両者を足すと6である」みたいな、形式上は何となく論文調でも言っていることはめちゃくちゃという文章になりかねません。

1. 福岡伸一『生物と無生物のあいだ』講談社現代新書,2007.

 生物学についてまったくの素人であるワタクシが、この本では様々なポイントがよくわかりました(多分)。理系の人にこんな文章を書かれては、文系としては商売上がったりです。生物学や生物学界の様々な顔を見せながら、生物とは何であるかというテーマに迫っていく推理小説のような展開で、いろいろな意味で、本の構成としても、一文一文も、文章もすべて完璧です。

2. 沢木耕太郎『テロルの決算』文春文庫,1982[1978].

 1960 年に日比谷公会堂で起こった社会党党首浅沼刺殺事件までに至る、浅沼と暗殺者・山口二矢の軌跡を描いたものです。それぞれの人物について多角的に、淡々と描写しながら、事件に収斂していく緊迫感があります。落ち着いた、引っかかりのない文章だと思います。池田勇人元首相の所得倍増計画が実施されるまでを描いた『危機の宰相』文春文庫,2008も同様のものとしてよいですが、こちらは、やや主人公周辺と対立するものについて一方的に書きすぎているようなきらいもないではありません。

3. 川本三郎『大正幻想』岩波現代文庫,2008[1990].

 川本氏の文章は、リズムがよく、軽すぎず重すぎず、全体のトーンがしっかりしているので、いろいろと細かい「路地裏」に「脱線」しつつも、各章や本としてのテーマを、そこに登場する対象を等身大で感じながら、しっかり味わうことができます。本書は、大正の作家たちが思い描いた様々な「幻想」が、単なる幻想ではなく、ある必然性を持った幻想であったことを生き生きと描写したものです。基本的に、氏が好きなものを書いているのですが、あるところで氏が言っているように、「なぜ自分がそれを好きなのか」を考えながら書いているため、単なる趣味の押し付けにならないところがミソなのだと思います。また川本氏は、一見ダメに見えるものの憎めなさ、つまり、割り切れない部分に好意を抱くようで、それが結果的に(?)、学術文章として好ましい、バッサリと対象を切らない作法に親和性を持つ文章に繋がっているように思います。なお、こうした文章でよりポップな感じのものとしては、『ハリウッドの神話学』中公文庫,1987があります。

4. 藤田進『蘇るパレスチナ―語り始めた難民たちの証言』東京大学出版会,1989.

 上記のパレスチナに関する項目でも挙げた、学部の時の指導教官による本で、ノンフィクションと学術書の中間のような本です。等身大で、庶民の視線からパレスチナ問題、特に難民の体験を追跡する文体は、学者によるものとしてはなかなかお目にかかれない雰囲気を醸し出しています。パレスチナで暮らしていたアラブ人の前に突然やってきた災難から数十年経て、難民化した彼らのベイルートでの蜂起につながっていく状況が追体験できます。

5. 上野千鶴子『ナショナリズムとジェンダー』青土社,1998.

 多産な上野氏の著作からこれを選んだのは、単に専門が一番近い内容だと思ったからです。ともかく、今まで読んだいくつかの氏の文章は、どれも無駄のない明晰なものです。「ところで」という、論文としてはおそらくあまり好ましくない表現が時々出てくるのですが、論理の流れがよいので、読者としてはとくにつっかえることなく読み進められます。おそらく論争的なことを言っており、提示されている結論に同意できるかどうかはともかくとして、好感が持てるのは、その透明性です。つまり、論の前提や過程を隠さずに開示している点です。それはつまり、ツッコミどころが明示されているということでもあり、反論もしやすい形態となっています。研究者の文書でも、誰かビッグネームにあやかって、肝心の論証をそれに丸投げしたり、肝心な部分を、さも常識であるかのように(知らないやつが悪いとか、そう考えないやつは自分の党派ではないので議論する気はない、と言わんばかりの)明示しなかったりといった不誠実な文章が見受けられることは、残念がら少なくありません。対して、上野氏の場合、反論を恐れず、そしてまっとうな反論であれば、それを受け入れる用意を持って論を展開しているように見受けられます(本書でも、批判を受け入れて修正したと明示されている部分があります)。学者も人間なので、反論されるのを恐れ、自信がないことほど曖昧に、そしてそれをごまかすために変に恰好を付けて書く誘惑に駆られるものですが、氏は裸一貫で、かつ、議論としての公平さに配慮して論述している印象を受けます。

6. 宮崎学『近代ヤクザ肯定論――山口組の90年』ちくま文庫,2010[2007].

 論文が個人的なメモ書きと決定的に異なるのは、前者が読者の誤読の可能性を防止する機構を埋め込んでいる点です。もちろん筋道をわかりやすく書けば、あとは読者が丁寧に読んでくれれば誤読は起こらないのですが、早とちりな読者というのもいます。また、読者は読み進めながら筋道を予測しながら読んでいきます。このとき、それまでの言葉から連想されがちな、筋道とは違うものをあらかじめ打ち消していけば、誤読を防ぐとともに、論旨を明示することにもつながります。論争的なテーマであるヤクザを扱う本書は、その点、無駄なく、さりげなくそうした杭を打ち、論旨をつかみやすくしています。本書は「肯定論」というだけあって、ヤクザが持つ社会的機能の、理想論では割り切れない部分に光を当ててはいるものの、ナイーブなヤクザの理想化に読者が陥ることもなく、本当に注目しなければならない問題に読者の目を向けるためにも、こうした但し書きがされているように思います。

7. 高坂正堯『現代の国際政治』講談社学術文庫,1989.

 主に東西冷戦を扱った国際政治の概説です。無駄がなく引き締まった文体で、論理の流れがよいです。国際政治はいろいろと複雑なので、「ところで」(と、それと対になった「さて」)を多用する論者も少なくないなか、本書では(見落としていなければ)使われていません。代わりに多用されているのが、「もっとも」です。基底となる議論に留保を与えるときに使われるこの接続詞により、流れを切らずに、かつ話を単純化しすぎず、副次的ながらも重要な裏の面についても言及する文章となっています。もう1つの本書の特徴は、比較的翻訳調というか、名詞を多用する文体であるにもかかわらず堅苦しくなく、わかりやすいうえ、「上から目線」も感じないという点です。これは、何らかの権威に丸投げせずに一つひとつ著者の言葉で語りながらも、一文一文が短く、論理の流れがよいために、おのずとそういう結論に至るという「論理の戯れ」(つまり著者のさじ加減=「著者の戯れ」ではなく)で構成されているからでしょう。

8. 良知力『向こう岸からの世界史』筑摩書房,1993.

 ウィーンの1848年革命を論じた名著です。思想と歴史の交錯を鮮やかに、そして力強く明快に論じる文章ですが、この手の文章が陥りがちな独断的な印象も読者に抱かせず、まさに論文としての体裁も保っているところが特筆されます。要所要所で論拠が提示され、あるいは論拠の弱さが率直に認められているなど、透明性が確保されているからです。 

Taro

Tsurumi