Taro
Tsurumi
【ユダヤ史】 ヨーロッパ・ユダヤ人口の中心だったロシア帝国(含ロシア領ポーランド)ユダヤ史を中心とした近現代史のみです(シオニズム史・現代イスラエル史については1つ前の項目参照)。ユダヤ教については、【その他】の項目の一番はじめを参照。
<雑誌>『ユダヤ・イスラエル研究』,AJS Review, Jewish History, Journal of Modern Jewish Studies, The Journal of Israeli History, East European Jewish Affairs, Jewish Social Studies, Jewish Journal of Sociology, Modern Judaismなどがあります。そのほか、ロシア・東欧ユダヤ史に関するJews in Eastern Europe、Shvut(ヘブライ語の論文も含む)、年刊のものとして、ヘブライ大のInstitute for Contemporary Jewryが出しているStudies in Contemporary Jewry, ポーランド近辺のユダヤ史・ユダヤ事情に関するPolin、ドイツ・ユダヤ史に関する老舗Leo Baeck Institute Yearbook、ライプツィヒの東欧ユダヤ史の研究所が出しているSimon Dubnow Institute Yearbookがあります。ヘブライ語のものとしては、ユダヤ史・シオニズム史に関するציון、シオニズム史に関するהציונות、イスラエル史も含むעיונים בתקומת ישראל、テルアビブ大ディアスポラ研究所が出しているポーランド・ユダヤ史に関するגלעד、現在は刊行されていないものとしては、ロシア・ユダヤ史・シオニズム史の雑誌העברがあります。ロシア語では、Judaica Rossicaとエルサレムとモスクワのヘブライ大が出しているВестник еврейского университетаがあります。
<入門用>
1. 手島勲矢編『わかるユダヤ学』日本実業出版社,2002年
日本の第一線のユダヤ研究者がユダヤ教・ユダヤ史を中心にわかりやすく解説しています。英語を含む類書の中では最も取っ付きやすい本だと思います。
2. ニコラス・デ・ラージュ『ユダヤ教とはなにか』青土社,2004.
ユダヤ教・ユダヤ人とは何か。一言ではなかなか表現できませんが、ユダヤ的歴史を踏まえた宗教や人々として考えてみるのが一つのとっかかりになります。循環論法のように見えますが、はるか昔に部族的なもの、あるいは地域的なものとして了解されるようになったユダヤ人と呼ばれる人々が積み上げてきたものを自らの歴史として引き受ける――引き受け方は様々ですのでいろいろな立場が生じます――というのがユダヤ教とユダヤ人のアイデンティティであると思います。本書はその主要な伝統を解説しています。
3. Hilary L. Rubinstein et al, The Jews in the Modern World: A History since 1750, A Hodder Arnold Publication, 2002
ユダヤ近現代史に関する標準的なテキストです。ただし,西欧ユダヤ社会が中心となった記述になっています。
4. 高尾千津子「ロシアのユダヤ人」原暉之・山内昌之編『講座スラブの世界2 スラブの民族』弘文堂,1995年
数少ない日本のソ連・ユダヤ史の専門家によるロシア帝国からソ連初期のユダヤ史をバランスよく簡潔に概観したものです。主要な論点が概ね触れられており,入門用に最適です。
<その先>
1. 市川裕『ユダヤ教の精神構造』東京大学出版会,2004年
日本の数少ないタルムード研究者によるユダヤ教やその歴史に関する論文集。後ろの方のユダヤ教と近代との出会いに関する章など,より広い問題を扱っており,かつ示唆に富む論点が出されていてユダヤ教研究者以外でも勉強になります。
2. 手島勲矢「ユダヤ教と政治アイデンティティ―「第二神殿時代」研究の基礎的問題群から」市川裕他編『ユダヤ人と国民国家―「政教分離」を再考する』岩波書店、2008.
キリスト教的世界観でのユダヤ教理解にいかなる問題があるのかを論じた大変刺激的な論考です。例えば、ヴェーバーに代表される第二神殿時代以前の「古代イスラエル宗教」と以降の「ユダヤ教」という理解や、モーセをカリスマとして位置づける理解が槍玉にあげられています。また、ドグマ化しやすい性質を持つキリスト教に対して、多数決原理に基づくラビ・ユダヤ教という決定的な違いも指摘されています。もっとも、それはキリスト教が普遍宗教であるのに対し、ユダヤ教が民族宗教だから、という通り一遍な片づけ方に収まることであるかもしれません。しかし、「その心」がなんであるかを具体的にかつ明快に論じている点は確実に目から鱗な論考です。
3. 佐藤研「「キリスト教」というアイデンティティ―その形成過程と隠れた問題性―」同上書所収.
2からは翻って、キリスト教が、ユダヤ教とローマ帝国という二つの存在のあいだでいかに自らのアイデンティティを確立していったかを新約聖書を中心にして概観した論考です。
4. David Biale, Power and Powerlessness in Jewish History, New York: Schocken Books, 1986.
従来、(H・アーレントもそうですが)近代ユダヤ史は「受身の歴史」として描かれることが多く、常に政治の客体として位置づけられてきました。シオニズム史観も基本的には、そうした受身に対するアンチとして自らを位置づけているため、こうした描き方をすることになります。本書は西欧ユダヤ史を中心に、ユダヤ人も積極的に広義での政治活動を行って自らの状況を改善しようと試みていた側面を描いています。
5. ジョナサン・ボヤーリン/ダニエル・ボヤーリン『ディアスポラの力―ユダヤ文化の今日性をめぐる試論』(赤尾光春・早尾貴紀訳)平凡社、2008[原著1993と2002]年.
2002年に出された2本の論文を収録した日本語オリジナル版です。詳しくは、とある学術誌に紹介を含めた書評を書きましたので、そちらが出たらそちらを参照いただきたいのですが、ラビ・ユダヤ教文化のある側面を、西欧国民国家体系・文化との対比で論じたものです。「女々しさ」を徳としていたラビ・ユダヤ教文化と、「男らしさ」を前面に出していったシオニズムを対比し、後者をユダヤ文化の文脈で批判するという目的も本書には込められており、ゆえにシオニズムに関する記述はとりわけ一面的ではあるのですが、人文・社会科学の用語の中で、あまり語られることのないユダヤ文化の重要な側面を明快に提示したものとして本書は特異な位置にあります。内容はなかなかマニアックなものが多くて議論を見失うことも少なくないかと思いますが、訳注が詳しいので得るものも多いはずです。単なるシオニズム批判にとどまらず、人文・社会科学の諸前提が怪しいものに見えてくる点で、なんともいえない読後感が得られると思います。そういう意味では、よくある左派による国民国家批判とは一味違う議論で、右派と左派両方に影響する(両方から嫌われるという可能性もありますが)爆弾を抱えています。そのため、多分に政治的な見解の表明でありながら、学問的な面白さも持っています(大抵両者は両立しないものですが)。
6. Ezra Mendelsohn, On Modern Jewish Politics, New York: Oxford UP, 1993.
著者はポーランド戦間期を中心とした東欧ユダヤ史の泰斗です。近代ヨーロッパ・ユダヤ人の人口の中心であったロシア・東欧に軸足を置くという点にとどまらず、その多くが移ったアメリカでの動向にも目を配りつつ、様々なユダヤ政治をバランスよく比較しながら、非常に手際よく概観しています。いろいろと勉強してから読むといい整理になると思います。
7. Jonathan Frankel and Steven J. Zipperstein (eds), Assimilation and Community: The Jews in Nineneenth-century Europe, Cambridge: Cambridge UP, 1992.
近代ヨーロッパ・ユダヤ史において一方で単純な理解をされており、他方でその実複雑で込み入っているのが、ユダヤ人の同化の問題です。アメリカの社会学では、ミルトン・ゴードンが『アメリカンライフにおける同化』という本で同化(assimilation)と文化的統合(acculturation)を峻別したように、内面的な同化と形式的な同化とはやはり違いますし、また、どのような文脈を踏まえてそうした志向を持っているのかということにも注意が必要です。またある人物や共同体が同化したかどうかは、ユダヤ人でも立場によって判定が変わってきます。伝統的なラビからしたらユダヤ教から疎遠になった時点で同化ですし、ユダヤ・ナショナリスト(その多くは、伝統的なユダヤ教徒は疎遠になっているわけですが)からしたら、ユダヤ教を「宗教」概念で捉える時点で同化である、という判断もなされることがあります。本書は西欧からロシア帝国までの各ユダヤ地域社会における同化に関する諸問題をそれぞれの第一線の研究者が執筆した論文集です。
ロ)ロシア東欧ユダヤ史
1. John Doyle Klier, Russian Gathers Her Jews: The Origins of the “Jewish Question” in Russia, 1772-1825, Dekalb: Northern Illinois U, 1986
ポーランド分割以降ロシア帝国に編入されることになったユダヤ人とその社会に関する詳細な歴史です。とりわけ,帝国側がどのようにユダヤ人を捉えたか,という視点で当時の議論が整理されています。
2. Michael Stanislawski, Tsar Nicholas I and the Jews: The Transformation of Jewish Society in Russia, 1825-1855, Philadelphia: The Jewish Publication Society of America, 1983
著者は違いますが,上記2.の続編といった感じです。ロシア帝国のユダヤ社会に,いわゆる近代の要素が加わって新たな傾向が生まれてきたのがニコライ1世時代でした。この時代はユダヤ人に対してカントニストという少年兵の厳しい徴兵があるなど,ユダヤ共同体にとってつらい時期でもある一方で,近代化による改革が目指されるようになった時期でもあります。
3. John Doyle Klier, Imperial Russia’s Jewish Question, 1855-1881, Cambridge: Cambridge UP, 1995
さらに3.の続編という感じの著作です。基本的には2.と同じで,ロシア語世界におけるユダヤ人・非ユダヤ人双方のユダヤ人問題・ユダヤ人改革に関する議論が非常に詳細に紹介されています。以上の3冊の見事なコラボレーションによってシオニズムが運動として始まる1881年までの重要な前史を,とりわけ思想的な部分で体系的に知ることができます。この3つがなかったら本サイトの管理者は修士論文やそこから出した諸論文は書けませんでしたし,基本的な着想を得ることもできなかったかもしれません。
4. Isaac Levitats, The Jewish Community in Russia, 1772-1844, New York: Columbia UP, 1943 & idem., The Jewish Community in Russia, 1844-1917, Jerusalem: Psner and Sons, 1981
ロシア帝国におけるユダヤ共同体のより制度史的な側面についてはこの2部作があります。
5. Israel Bartal, The Jews of Eastern Europe,1772-1881, Philadelphia: Univ. of Pennsylvania Press.
東欧ユダヤ史の大家による、シオニズム開始以前までの東欧ユダヤ通史です。最新の研究動向も反映されており、とりわけ、それまで周辺社会や西欧ユダヤ社会に対して受動的な存在として表象されてきたロシア・東欧ユダヤ社会の主体的な側面に光を当てた点が新しいところです。ユダヤ人から見たロシア・東欧史とでもいえるほど、当該地域の歴史に関する示唆に富む書でもあります。
6. Eli Lederhendler, The Road to Modern Jewish Politics: Political Tradition and Political Reconstruction in the Jewish Community of Tsarist Russia, New York: Oxford UP, 1989.
9.と同様の側面を、シオニズム以前のロシア帝国のユダヤ史に見出したものです。ロシア・ユダヤ史の重要な古典の1つと言えるでしょう。ユダヤ人口が桁違いに多かったロシア帝国では、近代型ユダヤ人(マスキル、pl .マスキリーム)がロシア帝国社会と伝統的ユダヤ社会との間で格闘していた重要な歴史があります。
7. Benjamin Nathans, Beyond the Pale: The Jewish Encounter with Late Imperial Russia, Berkeley: Univ. of California Press, 2002.
ロシア・ユダヤ人、とりわけ帝国中枢により近いペテルブルクを中心としたユダヤ人に関して、以上の新たな動向をさらに発展させた研究です。シオニズムやブンドの勃興後もそれまでのように、帝国の枠組みでユダヤ人の対等な政治参加を目指す動きがあったことなどが詳細に記されています。理論的にも非常に明快で、完成度の高い本と言えます。
8. 高尾千津子『ソ連農業集団化の原点-ソヴィエト体制とアメリカユダヤ人』彩流社、2006年.
1920年代を中心とした、ソ連におけるユダヤ人農業に対するアメリカ・ユダヤ人の慈善組織「アグロ・ジョイント」による支援を、そのソ連当局の農業政策への影響を絡めながら詳細に分析したものです。以下のロシア史の項目で書いたように、ソ連史としても大変興味深く、かつ重要な研究ですが、新興ソ連、ユダヤ人の農民化政策、飢餓、反ユダヤ主義、共産主義、米ソ関係、支援先のローカルな民族関係といった時に相矛盾する複雑な条件の下で、ジョイントがトラクターなどの技術面を中心に集団農場をいかに支援したかをさまざまな資料、時にはオーラル・ヒストリーを駆使して描き出したものとして、本書は近代ユダヤ史のひとつの縮図でもあります。共産主義や反ユダヤ主義との兼ね合いから、「ユダヤ」を前面に掲げて支援することも、またユダヤ人に限定して支援することもできない中で、またソ連当局の協力が必要である中で、非ユダヤ人も支援しながら、トラクターなどの当時のロシアでは珍しかった新技術を使った集団農場のひとつのモデルを築くことで、ソ連当局の関心を呼び、それがソ連の農業集団化に影響を与えたことを示唆しています。当時において「ユダヤ」が前面に掲げられることがなかったこと、30年代に入りジョイントの支援がソ連当局から廃止に追い込まれたこと、そしておそらく反ユダヤ主義が関係して、こうした側面はこれまで注目されることはほとんどありませんでした。圧巻は、巻末のイスラエルテレビや新聞などの協力を得て、ジョイント支援の農場に関係した経験のあるイスラエルへの移民に対するインタビューです。1986年頃に行われたこのインタビューは、本編で主に史料によって描き出した歴史を、数十年後の回想という形で一部裏づけつつ、史料からはうかがえない当時の人々の様子の記録としても大変興味深く、貴重なものです。テーマ設定から結論に至るまで、出来合いの物語でごまかさずに、可能な限り真実に迫ろうとする著者の姿勢に感服します。
9. Leonard Schapiro (ed.), "The Role of the Jews in the Russian Revolutionary Movement," Ezra Mendelsohn (ed.), Essential Papers on Jews and the Left, New York UP, 1997[1961-62].
ロシア帝国の革命運動におけるユダヤ人の役割、位置、態度を概観したもので、大変分かりやすく整理されています。相対的にはユダヤ人意識を強く持ったユダヤ人が、反ユダヤ主義との関係もあってブンドやメンシェビキに傾倒していく構図が基底にあります。
10. 野村真理『ウィーンのユダヤ人―十九世紀末からホロコースト前夜まで』御茶の水書房、1999年.
ウィーンは第一次大戦後に崩壊したオーストリア=ハンガリー帝国の中心であったとともに、ベルリンとならんで、西・中欧ユダヤ人の文化・経済の中心地でもありました。例えば精神分析家のS・フロイト、シオニズムの父とされるヘルツルが人生の重要な時期をそこで過ごしました。しかし、そうした、いわば輝かしい側面の一方で、西欧ユダヤ社会への玄関口でもあったウィーンには、ガリツィアなどから大量のいわゆる東方ユダヤ人(Ostjuden)が当時流入していました。イディッシュ語を話し、伝統的なユダヤ社会の生活様式を携えていた彼らは、西欧文化に馴染んだものからは奇異に見え、ヒトラーが嫌悪感を覚えたのも、とりわけこうしたユダヤ人だったそうです。そうした様々な顔を持つウィーンと、そこで葛藤したユダヤ人の歴史を絶妙に描いたのが本書です。
11. Steven J. Zipperstein, "The Politics of Relief: The Transformation of Russian Jewish Communal Life during the First World War," Studies in Contemporary Jewry, IV, 1988.
第一次大戦時のロシア帝国におけるユダヤ人の間での救済活動が、その後の政治的動員(シオニズムやブンド)を促進したとする論文です。ポーランドにおいては、戦時にシオニストによるそうした活動がシオニズムの支持を上げたことがEzra Mendelsohnによって明らかにされていますが、ロシア帝国においても同様の現象がシオニズムを含む政治的潮流の基盤拡大に際して見られたということです。と同時に、ギンツブルクなどの名望家を頂点としたユダヤ共同体の帝国における位置づけの地殻変動が、こうした在野の政治勢力が勢力を増大することで、ますます拡大していったわけです。
12. Kenneth Moss, Jewish Renaissanse in the Russian Revolution, Cambridge: Harvard University Press, 2009.
1917年革命時を中心とした、ヘブライ語とイディッシュ語(さらに、一部ロシア語)のculturistたちの言論活動について分析した重厚な研究です。とりわけロシア・東欧に関しては、文化は政治の関数、政治の道具として捉えられがちですが、著者は、彼らが「文化」という領域を政治とは切り離された独自の領域にしようとしていたという側面を切り出しています。ソ連時代入り、それが歪曲した形で、微妙に達成されたような、形骸化されたような、そんな切ない後日談にも章が割かれています。
13. Tony Michels, "Exporting Yiddish Socialism: New York's Role in the Russian Jewish Workers' Movement," Jewish Social Studies, 16(1), 2009.
ブンドなどのユダヤ労働運動について、通例、ロシア・東欧の運動がアメリカのユダヤ労働運動に影響を与えたとされがちなのですが、この論文は、それと逆方向の影響関係について明かしたものです。
14. יהודה סלוצקי, העיתונות היהודי-רוסית בראשית המאה העשרים, תל-אביב, 1978.
20世紀のロシア帝国におけるロシア語ユダヤ系定期刊行物に関する詳細な研究です。それぞれの内容だけでなく、それを率いた運動や人物に関しても詳細に触れられており、非常に重要な古典となっています。『ヴォスホート』などを中心とした19世紀版もあります。
15. Daniel Mahla, "Between Socialism and Jewish Tradition: Bundist Holiday Culture in Interwar Poland," Studies in Contemporary Jewry, XXIV, 2010.
一見すると、社会主義ということもあり非常に世俗的な運動であるブンドにおける、ユダヤの伝統の使用に関する研究です。例えば、シオニストは躊躇なくパレスチナ(エレツ・イスラエル)と解釈する約束された「土地」に関しても、ブンドの場合は社会主義が達成された新たな世界、といった解釈をしていたそうです。こうした要領で、ペサハ(過ぎ越し)や、ユダヤの伝承であるハガダに関しても、社会主義に導く形でブンド版を作っていたようです。
16. Eli Lederhendler, "Did Russian Jewry Exist prior to 1917?" in Yaacov Roi' ed., Jews and Jewish Life in Russia and the Soviet Union, London: Routledge, 1995.
「ドイツ・ユダヤ人」「フランス・ユダヤ人」よりも曖昧な「ロシア・ユダヤ人」という概念について論じた論文です。もともとポーランド=リトアニア王国のユダヤ人はポーランド系とリトアニア系とに分かれていましたし、その後もしばらく共通の土台が乏しく、また、ロシア時代も大半がイディッシュ語を母語としていました。そもそも、「ロシア」という概念自体が「ドイツ」などよりも不定形なものです。著者によると、帝政期終盤になって徐々に明確化していったようです。
17. Oren Soffer, "The Case of the Hebrew Press: From the Traditiomal Model of Discourse to the Modern Model," Written Communication, 21(2), 2004.
19世紀終わりの הצפירהを中心としたヘブライ語誌を素材に、伝統から近代に移行するときの言説の質的変化について論じたものです。前半部はヨーロッパ史の既存の研究を概観したもので、勉強になります。後半部においては、伝統的なヘブライ語文献(タルムードなど)では、インターテクスチュアルで、非経験的な探求の形態であり、分析的・哲学的な方法でテクストに隠されたものを発掘するといったモードだったのに対して(したがって、たとえば、レトリカルに動物が登場するなど)、הצפירהなどの19世紀終わりのヘブライ語誌は、テクストが現実を写し取る鏡である(したがって、文字通りの精確性が追求されるようになる)との認識に基づくようになったといったことが話の筋です。これまでのナショナリズム論において、こうした言説と現実の関係性についての認識の変化が意味するものについては論じられてこなかったが、それが今後の課題ではなかろうか、というのが最終的な含意です。
ハ)西欧ユダヤ史
1. 伊藤定良『ドイツの長い十九世紀―ドイツ人・ポーランド人・ユダヤ人』青木書店,2002年
ドイツ人とポーランド人の間でユダヤ人がいかなる位置にいたのか,近代反ユダヤ主義(反セム主義)の前哨である19世紀のこの地域が,とりわけ民族関係の位相においていかなる流れにあったのかをいろいろな視点から考察することができます。
2. ゲルオゲ・L・モッセ『ユダヤ人の〈ドイツ〉―宗教と民族をこえて』講談社,1996年(原著1985年)
近代ドイツ史・ドイツ・ユダヤ史の大家モッセによる,20世紀初頭のドイツの〈教養〉(Bildung)を探求してたユダヤ知識人に関しての論考です。ロシア・東欧のユダヤ人からは西欧ユダヤ人は一般に「同化主義者」のレッテルを貼られる傾向にありますが,本書からは,彼らが必ずしもドイツ人になろうとしていたわけではなく,(「ドイツ的」なそれであるにせよ)何か第三の高尚なものに向かっていた側面が少なからずあったことが窺えます。